« モンドール | トップページ | 新メニューの魚料理 »

2011年1月 8日 (土)

Kさんへ

Kさん。 
最後にお会いして以来、もうすぐ4年になりますね。

一度、改めてお礼をしなければ、と思いつつ、
何処へも投函できないので、
この場を借りてお便りします。

Kさんが初めて店にいらっしゃったのは
開店してまだ間もない、六年前の雪の夜だったと思います。
10名前後のお客様の中にあなたはいらっしゃいました。

当時は今よりずっとメニューも少なかったのですが、
初めての団体のお客様だったため、
僕はアップアップしながら、汗だくで調理していました。

デザートまでお出しして、ようやく一息ついたころ、
お洒落な感じの、
長身の男性が調理場にお声をかけてきました。

『ちょっと、やりすぎじゃないの!?』
それがあなたの第一声でした。
当時、自信のなかった僕は(今でも自信はないのですが)、
何か料理へのクレームだと思い、
緊張して震えました。

恐る恐るあなたのお顔を覗き込むと、
ニコニコ笑ってらっしゃいました。
しばらくお話してみて分かりました。

当時は品数が少ない分
(申し訳ないので)一つのお皿に色々詰め込んでいたのです。
その事について、
『頑張ってるね。でももう少し肩の力を抜いた方がいいよ』
という、労いの言葉だったのですね。

大々的に宣伝する、時間も経済的ゆとりもないまま、
ひっそりとオープンした我々のレストランを見つけてくださり、
そして褒めてくださった
最初のお客様があなたでした。

我々の店を気に入ってくださって、
何度となく、色々なお友達を連れて、
時にはお1人でいらしてくださいました。

今でもそうなのですが、
料理やサービスで至らない所は多々あった筈なのに、
いつもにこやかに、励ましの言葉をかけてくださいましたね。

そういえば、定休日にお料理お出しした事もありました。

以前は、スタッフも少なく、
仕込みの時間が間に合わなくて、
よく休みの日や泊まりがけで新しい料理を試作したりしていたのです。
そこへ、ひょっこりKさんが現れたんですよね。
その日が休みだとは、まだご存知なかったようでした。
有り合わせのものしか無くて、すみませんでした。
ただ、色々な食に関するお話を聞かせていただいて、
楽しい時間でした。

店にいらした、あるお客様から伺いました。
Kさんが方々で我々の店の事を宣伝してくださっている、と。
そういえば、ご来店の度にショップカードを
持って帰られていたのは、他所で配ってくださっていたからなのですね。

胸が熱くなりました。

食通のKさんがいらっしゃる時はいつも、
ドキドキ緊張しました。
一生懸命考えて作った料理を褒めてくださった時は、
幸せでした。
あまりひと様から褒められた経験が無かったので、尚更でした。


そんなKさんが、まさかこんなにも早く、
60歳を手前にして
逝かれてしまうなんて、
想像もしていませんでした。


『そろそろ、リタイアするかもしれないんだよ』
と、いつもの気さくな感じのKさん。
『あー、もうすぐ定年でいらっしゃいますね。』
と、言った僕に、
『いやぁ、人生をリタイアするかもしれないんだ。
最近体調が芳しく無くてね』

とてもそんな風に見えなかったいつもどおりのKさんに
『何を仰いますか。まだまだお若いじゃないですか』
と、僕は思った通りの事を答え、その日はお見送りしました。

後日、定年を期に
趣味の個展を開かれる
という招待状を頂いたので、
休憩時間に訪ねお会いしましたね。
さすがKさんでした。
素敵な作品が棚を飾っていました。
でも、その日がお目にかかれる
最後になろうとは、夢にも思いませんでした。


店にお見えにならなくなって、半年近くたった頃。

『最近Kさんいらしゃらないなぁ、本当に具合が悪くて
療養でもなさってるのかなぁ』
と、思ったものの、
『また元気になったらいらっしゃるだろうなぁ』などと、
呑気に考えていました。


そしてある夜。
店にいらしたKさんの幼馴染の方がたから、知らされました。

その日が、Kさんのお葬式だった事。

時間が止まる、って事あるんですね。
その方の声がいきなり遠くなって
腰の力が抜けてしまいました。


幼馴染の方達が、
Kさんの気に入っていたレストランで
彼の気に入っていた料理を食しながら、
生前の彼を偲んでいる間、
調理場で少し泣きました。
哀しい気持ち。
それはそうですが、それより、
悔しい気持ちで。


子供の頃、口酸っぱく母親に言われた言葉が
頭をグルグル駆け巡りました。

『恩義を受けた方にはちゃんとお礼しなさい!』


Kさん。
ちゃんとした感謝の気持ちをお伝えする間もなく、
あなたは逝ってしまわれました。
その事が今日まで、僕の心残りでした。

Kさん。
その節は本当にお世話になりました。



あれから4年。今年で6年目に突入のリゴレッティーノです。
今では、あの頃のKさんと同じ位素敵なお客様が
沢山この店を見つけてくださいました。

Oさんご一家。
Kさんと知り合って間もなくいらっしゃるようになったご家族です。
ある日、散歩の途中で我々の店を見つけてくださいました。
息子さんのご卒業、就職。お嬢様のご結婚等など・・・。
数多くの幸せの場面に立ち合わせていただきました。
今でもしょっちゅういらっしゃって、その度に幸せのお裾分けを
いただいています。

他にも、クリスマスや、結婚記念日、お誕生日など、
毎年いらしてお変わりの無い様子を拝見すると、
『あぁ、今年もお元気そうで良かった』と心が温まる
お客様もいらっしゃいます。

毎週ランチを召し上がりにいらっしゃる、80歳のご婦人、
メニューが変わる度にいらっしゃるご夫婦、
わざわざ遠くからいらっしゃるカップル・・・。
数え切れない方がいらしてくださいます。
思いがけず、中学や高校の先輩、同級生、後輩と
巡り合えたりもしました。

大好きな作家の方が偶然いらして
気絶しそうになったのも、
店を続けていればこそかなぁ、と思ったり・・・。


素晴らしいお客様やスタッフのお陰で、
この店は今や我々の手を離れ、
6年前に僕が想像していた以上に
素敵なパブリックスペースになろうとしています。

いらしてくださったお客様の
ご期待に添えるように、それ以上になれるように、
あの頃の気持ちに立ち返って、
感謝の気持ちをお皿に乗せて、
今年も頑張っていきます。

Kさん、天国から温かく叱咤激励してください。

          リゴレッティーノ
                    今村裕一

経堂 イタリアン
リゴレッティーノ
東京都世田谷区宮坂3-12-8経堂鈴木マンション地下1階









« モンドール | トップページ | 新メニューの魚料理 »

その他」カテゴリの記事

コメント

初めてコメントさせていただきます。昨年一度だけ日曜日のLunchに伺いました。
シェフの料理は誠実で、私も一緒にいた友人もその盛りつけの美しさやそれぞれの繊細な味にとても感動したことを印象強く覚えています。
私自身は仕事の都合などで思うように時間がとれず今日にいたりますが、その日からブログだけは楽しく拝見しているファンの1人です。


先ほどこの日のブログを読ませていただき、思わず電車の中で涙を堪えてしまいました。
私はまだリゴレッティーノをよく知りませんが、シェフの1ファンとしてその姿勢を陰ながら応援しています。

このようなかたちで失礼ですが、またこちらで食事ができる日を本当に楽しみにしています。今年もたくさんのお客様を幸せにしてください。

nobu様

コメント頂き有難うございます。

本当は年初のご挨拶を書こうと思って
パソコンに向かったのですが、
この5年間の事を振り返っているうちに、
色々なお客様の笑顔が思い出されてきて
気が付いたら、Kさんへの手紙になっていました。

多分、心の隅に引っかかっていたんだと思います。

そして今現在私共の店を見つけて、いらしてくださっている皆様に感謝のダイレクトメールになれば、と思って最後は締めくくりました。

ブログに登場したOさん一家。
初めは夫婦喧嘩なさった後、外で頭を冷やしなさいって
息子さん達に言われて、お二人で散歩していた途中に
ウチを見つけてくださったそうなのです。
食事をしながら仲直りなさって、それ以来、お祖母様を含め、
皆様でいらっしゃるようになったんです!

素敵なストーリーですよね。

いらっしゃる皆様・・・カップル、ご夫婦、ご家族、お友達同士・・・。

全ての方がたの、それぞれの幸せのストーリーの一助になれば、という気持ちで毎日店を開けています。
そして、お客様の笑顔に接する事が出来た瞬間が、
我々の、決して楽ではない仕事への最高のご褒美になっているんです。

nobu様
また是非!いらしてください。
今年も、心地よい店を目指して努力します。

         リゴレッティーノ
            今村裕一

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Kさんへ:

« モンドール | トップページ | 新メニューの魚料理 »